Q and A (139)

Q:ランジュバン型振動子の発明者である,ポール・ランジュバン氏とはどのような人だったのでしょうか?  また,粒子のブラウン運動を記述するランジュバン方程式と関係あるのでしょうか?
A:ポール・ランジュバンは1872年1月23日,パリ,モントマルで生まれました。12歳で小学校を卒業し, 優秀な成績でラボワジェ高等小学校,パリ市立物理化学工業高校 (E.P.C.I.) へ進学しました。ここで教官をしていた ピエール・キューリーに出会い,科学研究の楽しさを学び,生涯を研究にささげる決心をしました。その後,パリ大学 理学部,高等師範学校で学んだ後,ケンブリッジ大学・キャベンディッシュ研究所に留学,帰国後の1902年に気体の電離 に関する研究で学位を取得しました。これに関連する研究で評価を受け,E.P.C.I.の教官などを務めました。1904年に は相対性理論の萌芽というべき理論を示し,1905年にはブラウン運動を記述する運動方程式(ランジュバン方程式), 更に相対論に関する初めての論文を発表しました。アインシュタインの論文が出た後は,その学説の普及に力を尽くし ました。1911年には,女性排斥運動によるキューリー婦人に対する中傷キャンペーンの一環として,「キューリー婦人と ランジュバン教授の恋愛事件」のうわさが流布し,雑誌編集者と決闘に至ったこともあります。1914年,第一次世界大戦 が勃発し,ランジュバンも仏軍に招集を受けました。1915年当時,独軍の潜水艦による船舶の被害の増加に苦慮していま した。超音波での水中探知の可能性を仏海軍省に提案したロシア系技術者シロウスキ等と共に,E.P.C.I. において超音波 の発生と検出に関する研究を始めました。1916年にランジュバンは恩師であるキューリー兄弟が発見した水晶の圧電効果 を利用する着想を得て,1917年には低周波化のために水晶片を金属板でサンドイッチ構造にするランジュバン型振動子を 開発し,これによって1,500 m 離れた潜水艦からのエコーの受信に成功しました。以後,改良を加えられたランジュバン型 振動子は,現在でも魚群探知器や超音波洗浄機など,小型で高出力な超音波が必要とされる場面で広く用いられています。 ランジュバンは物理学の変革の時代に理論物理学の分野で重要な役割を果たしましたが,超音波研究は彼の長い研究生活 の中でもわずか3年ほどの間になされた仕事です。また,それだけでなく,若い研究者の育成,反ファシズム運動,人権 擁護,パリ市議会員など幅広い社会活動を行った偉大な人物です。

文献
[1] 大谷隆彦,“ボール・ランジュバン,行動の人(1),”音響学会誌,44,716-717(1988)
[2] 大谷隆彦,“ボール・ランジュバン,行動の人(2),”音響学会誌,44,805-806(1988)
[3] 大谷隆彦,“ボール・ランジュバン,行動の人(3),”音響学会誌,44,879-881(1988)
[4] 大谷隆彦,“海洋音響学−超音波エレクトロニクスの先駆け,”海洋音響学会誌,32,137-143(2005)

横山智樹 (防衛大)

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